柴田幸信 氏とジャンボ釣法でマグロ遊び

少年時代からスキーのライバルであり 氏は4歳年上だ
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(2年前の北海道新聞 写真上をクリックすると大きくなり読みやすくなります)
柴田幸信氏は外国旅行するのも難しかった約50年前 
キリマンジェロを始め さまざまな意味で困難となる山を滑って多くの人を脅ろかした
 『まさか』 ある意味ではエベレストより登山する事すら難しいとされる山々を
滑ったとは 何度も新聞や雑誌を読み返したものだった
ライバル心がメラメラ燃え上がった結果 私はスキーデモンストレーターへの道を
突き進みつづける事となったのである


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柴田氏は小樽 私は札幌生まれで隣町だった
似たような少年時代を経て育ったと想像するが 学校に行く暇が無かったほど
遊びに忙しく 当然スキーや魚釣りも大切な遊びでのうちで本人は真剣だった

互いにスキー界で活躍した後 しばらく面会するチャンスが無かったが
マグロ釣りの話題の中に 氏の名前と『ジャンボ1本釣』竿を使い大物とのやりとりは豪快極まりない
と言う すぐに電話を掛けた事は言うまでもない
『すすむチャン直来いよ』と大きな声で言ってくださる
ワイフと小型犬を同伴する事 取りあえず1ヶ月位 を告げると
積丹半島の余別で経営している 海鮮割烹 新生旅館に来るようにとの事だった

約束した日に伺と なんと 大きな離れはお風呂と台所 犬が泊まり客と会う事がない配慮
海の状態がみえ 釣り道具を作ったり 釣上げた魚を処理したり保存する
作業場もすぐ近く 船までは自転車で3分
子供の頃からのライバルは 最高のもてなしで待っていてくださった


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トレーニングが始まったが 特別な説明は無い
今日は40cmのソイを200尾そろえなければならないので 
小根で20尾づつ獲るから10ヶ場移動するよ と言われる 専門用語ばかりですから
素人には理解できづらいが? 釣り子という立場の私に釣らせる
要するに 腕前を見てから今後の指導の計画を立てるようだった
ヒラメのへら引き ブリのテンテン釣りやトローリング等を経て ついに本題の
仕掛け作り 掛かったマグロとのやりとり 取り込み 処理 
本物の一本釣り漁師 親子でも教える事が無いと言われて 極秘枝術まで指導して下さった

一つ楽しいエピソード
津軽海峡 竜飛岬沖での事だった
16m竿のブレーカーがブチ切れラインがすごい勢いで吸い込まれるように海中へ
掛かった いつもどうり出て行くラインをゆっくり そしてしっかり止めていると
氏は船のアクセルを開いて しっかりフッキングさせてくれた
取り込み始めた 氏がじゃまにならない所にヤスを2本 それとなく置いてくれた
船に固定式するリールは使わない 手だけでやりとりするのが我がルールなので
マグロの様子が直接感じるのだが いつもと違う重さ等など
『 進ちゃん 手こずってるね 』 汗でびっちょりな頭と体に そして口にも水をいれてくれた
重いだけではなく マグロの頭が定まらなくて船に向けるのが難しい 
やっと船の側に寄ってきたのを見るヤスを打つ100Kg位だが海中を見ると30m先にはもう1本
くるくる円を描いているマグロがいるではないか
先のをマットの上に乗せて両動脈切締めをして船倉プールへ入れている間に
氏が2本目のマグロを船べりまで寄せていた すかさず私がヤスを打つ これもホッペに命中

2本フッキングはめずらしく 2本共取り込み成功 すかさずの処理 完璧だった
なにより2本 ヤスを用意してくれたのは?・・・・・・・
互いに仕事を誉めたりはしなかった
まだマグロはいて釣れる状態だったが 『 帰ろうか 』 『 そうだね 』
午後の陽射しが強い 竜飛からは福島沖に向いそれから札前港に入るのが急がば回れで
海峡走りとなっているが約50分間 2人でにぎりめしを食べながら
『 明日は何処に行く 』先程の事は話題に無い 反省も喜びの言葉も出ない
当たり前だろう 少年時代から互いに認めあってるライバルだから

ライバルも歳を獲った 私も歳を採った 
永遠のライバルに先日電話をして 元気な声を聞いて安心したり
氏は天然マグロの安定供給 私は犬の健康研究 ライバルは続く。


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僕は人間の不思議を研究しています


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